
2026年4月29日。青空が広がる鶴巻温泉駅の駅前広場に、まるでスイスの山麓を思わせるような、異国情緒あふれる風景が広がっていました。
パッと目を引くこの楽器の名前は、「アルプホルン」。4世紀頃にローマからスイスの山岳地帯へ伝わったものが発祥とされています。
揃いのコスチュームを身にまとい、広場に響き渡る美しい音色を奏でているのは「丹沢アルプホルンクラブ」の皆さんです。「秦野丹沢まつり」での山開き式をはじめ、表丹沢地域の様々なイベントをその音色で彩っています。
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それにしても、身体の芯に直接響いて“じぃん”と染み渡るような、何と深い調べでしょう。 ここは賑やかな小田急線の駅前広場のはず。しかしこの雄大な音色に包まれていると、目の前に広大な山並みがひらけていくかのような錯覚を覚えます。
そして一度見たら忘れられないこのユニークな佇まい。堂々としたその長さもさることながら、音を変えるためのピストンやレバーも一切見当たらず、演奏方法もとても不思議です。一体、どうやって音階を奏でているのでしょうか。
今回は、この魅力あふれるアルプホルンの秘密に迫るべく、丹沢アルプホルンクラブさんの練習現場へお邪魔してきました!
◆全長は何と3メートル40センチ!この長さにもちゃんと意味がある!

まずは、「丹沢アルプホルンクラブ」代表である波多野弘さんと、ホルンの経験者であり練習では指導にあたる、小川幸雄さんにお話を伺ってきました。
小川さんいわく、「アルプホルンはもともと、山岳地帯の牛飼いたちの連絡手段として使われていたものと言われています」とのこと。こちらの山からあちらの山へと、遠く離れた仲間や家族にメッセージを伝えるための道具が、いつしか楽器となったのですね。
アルプホルンでまず気になるのはその長さ。実に、3メートル40センチもあります!「そのままでは到底持ち運びできないので、3つに分割できるようになっています」と、波多野さん。
「丹沢アルプホルンクラブ」では、そんな楽器の中でも大きいアルプホルンを、何とメンバーによって一つ一つ手作りで製作しています。
素人の筆者、ならばもう少し短い方が製作もしやすいのでは…と思ったのですが、その長さにもちゃんと意味があるのだそう。

「楽器の音程は、その楽器の長さによって決まります。アルプホルンの場合は、基本のドに当たる音(基音)が、ピアノのソの♭(フラット)である、Gの♭(フラット)になるように長さを決めていきます。音程の世界基準である『A=440ヘルツ』を基準のピッチとして長さを計算していくと、それが結果的に3メートル40センチになるんです(長さに地域差あり)。ここがずれると、全員でドを吹いた時に一つの音になりません。ある程度仕上がってきたらチューナーの基準(A=440ヘルツ)を元に、基音が真ん中にくるように音を出しながら、細かく長さを合わせていきます」と、小川さんは語ります。
アルプホルンの雄大なハーモニーは、木を削る製作の過程から、繊細な音合わせが始まっているかのようですね!
ピストンも穴もない!?唇ひとつで音階を生み出すアルプホルン

アルプホルンは、ピアノのようにすべての音階(ドレミファソラシド)が自由に出せるわけではありません。一般的に吹くことができるのは、低い方から「ドソドミソラ♯(シャープ)ドレミファ♯ソ」の「11音」だけと言われています。そのため演奏する曲は、基本的にこの11の音の組み合わせで成り立っているそうです。
さらに、アルプホルンの雄大な「和音(ハーモニー)」は、人間の声と同じように、1台のアルプホルンが一度に出せる音は一つだけとなり、1つの楽器単体で和音を奏でることはできません。私たちが耳にするあの荘厳な響きは、何台ものアルプホルンが集まり、それぞれが違う音程を同時に吹き合わせることで初めて生まれるものなのです。
さて、ピストンも穴もなく、一度に一つの音しか出せないアルプホルン。奏者は一体どのようにしてこれらの音を吹き分け、メロディやハーモニーを奏でているのでしょうか。
小川さんからは「実は、唇の感覚を頼りに、口の形や息のスピードを変えることだけで音を出しています」と、驚きの答えが返ってきました。
「ドを吹くときは、自分の頭のなかでドの音をしっかりイメージして鳴らして、ドが出る口の形を作って吹きます。まず管楽器自体、音を出すのにある程度のコツがいるのですが、その上でアルプホルンはきちんとイメージして吹かないときれいにその音が出せません」
なんとも難しそう…!メンバーの皆さんも、その感覚をつかむまではさぞ大変だったのではないでしょうか。
「そうですね。しかも、メンバーは音楽をやったことがない人がほとんどでした。発足当時30名くらいいたメンバーの内、楽器の経験者はわたし(小川さん)を含めて3名ほど。あとは皆、黒板に音符を書いて、楽譜の読み方を覚えるところからのスタートです。というのも、圧倒的に『アルプホルンを吹きたくて』ではなく、『アルプホルンを作りたくて』集まってきた人が多かったんです」
んん?これはまた一体どういうこと??という訳で、ここからは練習場にお邪魔して、メンバーの皆さんに直接聞いてきました!
音楽のおの字も知らなかった!?最初は吹くつもりはなかったメンバーの入部きっかけとは

丹沢アルプホルンクラブは2004年に創立、現在は13名が所属しています。2005年に愛知万博、2019年には全国赤十字大会でも演奏経験のある、歴史あるクラブです。
しかし、意外にもメンバーの多くは、アルプホルンを演奏したかったのではなく、作りたくて入ってきた人が多かったとのこと。これには、「丹沢アルプホルンクラブ」ならではの発足の歴史が関わっていました。
始まりは2002年。当時の秦野市役所こども育成課が間伐材の活用を模索した際、音楽の先生からアルプホルン製作のアイデアが出たのだそう。
当初は市の事業として親子を中心に始まった活動でしたが、途中からは行政の枠組みを超え、現在の「丹沢アルプホルンクラブ」として独立して活動を続けるようになりました。「楽器を演奏したい」というよりも、「自分の手でアルプホルンを作ってみたい!」というメンバーが多かったのも、この背景を聞けば納得です。

メンバーの佐藤さんは、「私も最初は吹くつもりは全くありませんでした。これまで音楽のおの字もなく過ごしてきましたが、『作ったのなら次は吹いたらどうだ』ということで、いつの間にか」と、笑いながら経緯を語ります。
「初めは唇の感覚がわからなくて音が出ず、とにかく苦労しました。でも自分で製作した楽器だから愛着はありますね」

「私も、若い時はずっとスポーツばかりやっていて、佐藤さんが話したように音楽のおの字も知りませんでした」と話すのは、メンバーの小林さんです。
「アルプホルン自体は、ある日、テレビで『秦野丹沢まつり』の山開き式の映像を見て知りました。その時は『面白い楽器があるんだな』くらいでしたが、後日、偶然居合わせた講習会で先生がアルプホルンを吹いてくれたんです。初めて聴いた時のその音が、もう身体に沁みこむようで。物を作るのも好きだったので、クラブに入ることにしました」

一本のアルプホルンを作るには、週一回の製作活動を通して平均10カ月から一年の時間がかかるそうです。アルプホルンの製作と並行して楽譜の読み方を勉強し、完成後は独特な演奏技術を習得。さらにメンバーと練習を重ねて曲として披露するまで多くの時間が必要になります。今回、練習にお邪魔したことで、その裏側にある皆さんの苦労や情熱が、少しだけ垣間見えた気がします。
秦野産ヒノキの間伐材を使用!アルプホルンが生まれるまで

スイスではモミの木で製作されていることも多いアルプホルンですが、「丹沢アルプホルンクラブ」のホルンは、全て間伐された秦野産のヒノキが使用されています。
ここで、アルプホルンの製作方法を学んでいきましょう。まず、木材を縦に半分に割り、内側を半円状に削り進めていきます。内側を削り終わったら、外側を削り楽器の厚みを調節していきます。
最後に、半円状になった木材同士をもう一度ぴったりと合わせる、という丁寧な作業を繰り返すことで、あの特徴的な筒の形ができあがります。途中、厚みがわずか3ミリ~5ミリほどしかないなど、細やかな作業が求められる部分もあるそうです。

形が出来上がったら、次はひたすらニスを塗る作業が待っています。ニスを塗っては乾かして磨いて、また塗っては乾かして磨いて……。何回もニスを染み込ませていくと、つやつやのアルプホルンが完成します。ニスが塗りこまれたホルンは、雨のなかで演奏しても水を流しても大丈夫なのだそう。すごいですね!

削った筒同士を綺麗にあわせて、ニスを塗り込んでいく作業も大変ですが、それ以上に大変なのが枝が出ていたところの節の処理です。間伐材を活用しているからこそ、枝が生えていた節の部分は慎重に埋めていかなければなりません。節の穴にあわせて丸木を作りますが、使用する木材によっては多いと40カ所も節を埋める作業が発生することも。
よく見ると確かにどの楽器にもあちこちに丸く節の穴があり、元は木だったことを思い起こさせます。間近で製作の過程を伺うことで、中に仕掛けなどもなく、本当に一本の筒なのだということがより分かりました。それであんなに豊かな音色が出せるなんて、やっぱり不思議です。
ここで、「よかったら、実際に吹いて体験してみませんか?」とのお声が!
アルプホルン、吹かせてもらっちゃいました!演奏の大変さと魅力を実感!

という訳で、何と筆者も実際にアルプホルンを吹かせていただきました!「音が鳴ったらまずすごい!」とのことですが、管楽器は小学校でのリコーダー以来で、ほとんど未経験の筆者。果たして鳴らすことはできるのでしょうか?!

予想通り、最初の数分間は“ふぅふぅ”と息がもれるばかりで、とことん空振りが続きます。肺いっぱいに空気をため込み、全身で思いっきり吐き出しても、音が鳴る気配はまったくありません!
「とにかく口の端を締める」「笑顔を作って、真ん中から吹き矢を吹くように」「息を吹き込むのではなく、唇を震わせて」と、メンバーの皆さんから暖かいアドバイスをいただきながら、格闘することまた数分。ようやく、胸の奥にじんと響くあの音を、三音ほど鳴らすことができました!

いや~これは本当に演奏するのは大変ですね!音をイメージして音階を奏でるなんて二の次三の次、とにかくまずは鳴らすので精一杯。たった三音で口の端がびりびりしびれ、全身から汗が噴き出していました。涼しい顔で何曲も披露されていたメンバーの皆さんの凄さを実感!
でも、実際に鳴らせるととっても面白い。ちゃんと音が出た時は、自分の身体が楽器と一体化したような、楽器の先まで意識が満ちているような不思議な気持ちになりました。素敵な体験をさせていただき、ありがとうございました!
笑顔溢れる練習の時間が、美しい和音を生み出す秘訣?!

2026年の「秦野丹沢まつり」の山開き式での演奏では、コーラスの方もいらっしゃったとのこと。その際、コーラスの先生にも「最初はばらばらだったけど、いまは音があっていてすごく良い」と声を掛けてもらったそうです。
「演奏していて、ハーモニーが起きた時はとっても気持ちがいいです。この頃は揃ったときの気持ち良さを感じられるようになってきた」「一気に気分があがります!」と、メンバーの皆さん。「最近、やっとその域に達してきました」と笑ってらっしゃいましたが、長年練習を積み重ねてきたからこそですよね!

音色が遠くまで届くアルプホルンは、自宅での練習が難しいという一面もあります。今回お邪魔させていただき、その分メンバーが週に二回の練習時間を大切にされているのが、とても伝わってきました。
ステージの上では凛々しく演奏されていた皆さんですが、練習現場は終始明るい雰囲気で取り組まれていたのが印象的でした!この和気あいあいとした温かい空気感こそ、美しい和音を生み出す秘訣なのかもしれませんね。

この日は、鶴巻温泉春まつりでもトリで披露された、「デュッセルドルフ」という楽曲も演奏していただきました。音を出すので精一杯だった自分が吹いた後だと、メンバーの皆さんが引き出す和音の美しさを一層感じます。
山の向こうの家族や大切な人に呼び掛けているかのような、柔らかい高音の響きもさることながら、それを優しく支える重厚感のある低音も素晴らしかったです。この低音の美しさは、室内で聴いたからより感じられたのかもしれません。楽器自体がシンプルだからこそ、演奏される環境によって、様々な聴こえ方が楽しめるのだと改めて気づかされました。
実際、さえぎる物がない空間で吹くのと、室内で吹くのとでは、反射によって音が変わってくるそうです。一番おすすめの環境はやはり広い場所での演奏とのことでした!
丹沢アルプホルンクラブの演奏を聴きに行ってみよう!

丹沢アルプホルンクラブは、表丹沢地域の祭事や公民館のイベントでの定期演奏会の他、神奈川県立秦野戸川公園で屋外練習(夏季・冬季を除く)も行っており、練習風景を見学することも可能です。最近では見学のリピーターの方も増え、「今度はいつ練習にきますか?」と問い合わせが入ることもあるんだとか!
「表丹沢の山々の近くで演奏を聴いてみたい!」「実際にアルプホルンを見てみたい!」という方は、ぜひそちらの見学に行かれてみるのもおすすめですよ。
(※屋外練習のスケジュールはあくまで原則となります。)
【丹沢アルプホルンクラブ/神奈川県立秦野戸川公園での屋外練習について】
■場所:神奈川県立 秦野戸川公園(秦野市堀山下1513)
■練習時期:原則4~6月,10~12月の6カ月間の第二日曜日
■練習時間:10:00~12:00
【得意分野】 インタビュー、グルメ
フリーライターの那保です。国内旅行業務取扱管理者、添乗員資格有り。神社好き、シンガプーラ飼いの猫好き、美味しいものも大好き。
神奈川へは移住組、その多彩な魅力にまんまとハマってます。
表丹沢を駆け回れるようになるべく、目下体力づくりに奮闘中。インスタでは表丹沢ほか、魅力的な写真を投稿しているので、ぜひ覗いてみてください!
Instagram:@nyao_muu




