
1時間ごとに6.706kmを走り、それを最後の一人になるまで繰り返す――。
目次
そんな極限の競技「バックヤードウルトラ」で日本代表として世界に挑み続けるランナー、水野倫太郎(みちたろう)さん。
取材の数日前まで、オーストラリアで開催された「Dead Cow Gully Backyard Ultra」を走っていた水野さんですが、その穏やかな笑顔からは、何日にもわたる過酷なレースを戦い抜いた姿は想像できませんでした。
取材の中でご本人の口から最初に飛び出した意外な言葉、「本当に、パッとしない子どもでした」。
山とは無縁の平坦な街で育ち、夢中になれるものが見つからなかった少年が、自分らしく挑戦できる場所と出会い、世界を舞台に走るランナーとなる。そして、その拠点として選んだのが神奈川県秦野市・表丹沢でした。この地を「人生を開いてくれた場所」と語ります。
世界へ挑戦するためのフィールドであるだけでなく、人との出会いを育み、挑戦する人を支え、やがてその経験を地域へ還元していく場所。一人のランナーが世界へ挑み続ける理由と、その歩みの先にある表丹沢への思いを伺いました。
「パッとしない子ども」が世界へ挑むランナーになるまで

オーストラリアで開催されたバックヤードウルトラ「Dead Cow Gully Backyard Ultra」を走り終え、帰国して間もない水野倫太郎さん。取材場所となったのは、秦野駅近くの「丹沢日和 NATURE ACTIVITY BASE」です。
世界に挑戦を続けるランナーと聞くと、幼い頃から運動神経抜群で、スポーツ一筋の少年時代を過ごしてきた人を思い浮かべるかもしれません。しかし、最初に語ったのは、そんなイメージとは正反対の言葉でした。
小学生の頃は3年生までサッカー、4、5年生の時はブラスバンド。中学、高校では水泳部に所属しましたが、「本当に好きな人との熱量の差を感じていた」と振り返ります。水泳部に所属しながらレギュラーには届かず、自ら進んで練習に取り組むタイプではありませんでした。
一方で、読書や習字など、一つのことをコツコツ積み重ねることは苦にならなかったといいます。
「今振り返ると、主体性のない子どもだったと思います」
転機を迎えたのは大学時代。「どうせ何かに打ち込むなら、自分が輝ける場所を見つけたい」と飛び込んだのが、大学のトライアスロンサークルでした。
それまでとは違い、毎日練習を積み重ねる生活が始まります。学生主体の環境で仲間と切磋琢磨するうちに、子どもの頃から身につけてきた「コツコツ続ける力」が少しずつ結果につながるようになりました。
努力は実を結び、大学2年生、3年生では全国大会へ出場。さらに、トライアスロン最後の種目であるランニングでは、次々と追い抜いて順位を上げることが多く、周囲からは「魂のラン」と呼ばれるようになります。
「距離が長くなればなるほど、自分は相対的に強くなれる」子どもの頃は運動が得意ではないと思っていた少年が、初めて自分の武器に気づいた瞬間でした。
大学卒業後は会社員として働きながらフルマラソンや100kmマラソンにも挑戦し、走ることが生活の一部になっていきます。
そして2020年、コロナ禍で在宅勤務となり、自宅と河川敷を往復するだけの日々を送る中、知人から掛けられた「山を走るのって気持ちいいよ」という一言が、水野さんの人生を再び大きく動かすことになります。
オーストラリアで開催されたバックヤードウルトラ「Dead Cow Gully Backyard Ultra」を走り終え、帰国して間もない水野倫太郎さん。取材場所となったのは、秦野駅近くの「丹沢日和 NATURE ACTIVITY BASE」です。
世界に挑戦を続けるランナーと聞くと、幼い頃から運動神経抜群で、スポーツ一筋の少年時代を過ごしてきた人を思い浮かべるかもしれません。しかし、最初に語ったのは、そんなイメージとは正反対の言葉でした。
小学生の頃は3年生までサッカー、4,5年生の時はブラスバンド。中学、高校では水泳部に所属しましたが、「本当に好きな人との熱量の差を感じていた」と振り返ります。水泳部に所属しながらレギュラーには届かず、自ら進んで練習に取り組むタイプではありませんでした。
一方で、読書や習字など、一つのことをコツコツ積み重ねることは苦にならなかったといいます。
「今振り返ると、主体性のない子どもだったと思います」
転機を迎えたのは大学時代。「どうせ何かに打ち込むなら、自分が輝ける場所を見つけたい」と飛び込んだのが、大学のトライアスロンサークルでした。
それまでとは違い、毎日練習を積み重ねる生活が始まります。学生主体の環境で仲間と切磋琢磨するうちに、子どもの頃から身につけてきた「コツコツ続ける力」が少しずつ結果につながるようになりました。
努力は実を結び、大学2年生、3年生では全国大会へ出場。さらに、トライアスロン最後の種目であるランニングでは、次々と追い抜いて順位を上げることが多く、周囲からは「魂のラン」と呼ばれるようになります。
「距離が長くなればなるほど、自分は相対的に強くなれる」子どもの頃は運動が得意ではないと思っていた少年が、初めて自分の武器に気づいた瞬間でした。
大学卒業後は会社員として働きながらフルマラソンや100kmマラソンにも挑戦し、走ることが生活の一部になっていきます。
そして2020年、コロナ禍で在宅勤務となり、自宅と河川敷を往復するだけの日々を送る中、知人から掛けられた「山を走るのって気持ちいいよ」という一言が、水野さんの人生を再び大きく動かすことになります。
人生を開いてくれた場所――表丹沢がホームになった理由

トレイルランニングと出会い、「もっと山の近くで暮らしたい」と思うようになった水野さん。山を身近に感じられる環境を探す中で、生活の拠点の一つとして選んだのが神奈川県秦野市でした。現在は都内と秦野を行き来する二拠点生活を送りながら、表丹沢をトレーニングの拠点としています。
「実は、最初から秦野一択だったんです」以前ハイキングで訪れた際に見た景色が、ずっと心に残っていたといいます。「水無川が流れていて、その向こうに丹沢の山並みが見える。その景色を見たときに、『ここで暮らせたらいいな』と思いました」
全国には山の近くで暮らせる場所が数多くあります。それでも秦野を選んだ理由は、「山が近い」ことだけではありませんでした。
「街の中にいても山が見えて、それがすごくいいんですよ」
世界各地を走ってきたからこそ、この景色の価値がよく分かるといいます。
「山の中に住んでしまうと、意外と山は見えない。でも秦野は、街から山並みを眺められる。朝日を浴びた山を見るだけで『今日も頑張ろう』という気持ちになります」
山が暮らしのすぐそばにありながら、街としての心地よさもある。その絶妙な距離感が、水野さんの日々の暮らしと挑戦を支えています。コロナ禍で、自宅と河川敷を往復するだけだった毎日とは違い、秦野では走るたびに新しい景色に出会い、人とのつながりも広がっていきました。
「秦野は、自分の人生を思いもかけない方向へ開いてくれた場所です」その言葉には、単にトレーニング環境として優れているというだけではない意味が込められていました。
世界へ挑戦するためのホームであり、人との出会いを育み、新しい価値観に出会えた場所。そして、自分らしく走り、自分らしく生きられる場所。水野さんにとって表丹沢は、競技人生を支えるフィールドであると同時に、人生そのものを豊かにしてくれた、かけがえのない場所になっていました。
世界を走るランナーが愛する、表丹沢の魅力

世界各地を走り、数々のレースに挑んできた水野さん。それでも「ホーム」と呼ぶ場所は、やはり表丹沢です。
「ここは、本当にトレーニングの選択肢が多いんです」その言葉どおり、表丹沢には、一つの山域とは思えないほど多彩なフィールドが広がっています。気軽に里山を楽しみたい日は弘法山へ。ロードを走り込みたい日はヤビツ峠まで続くアスファルトの上りへ。標高差をしっかり稼ぎたい日は塔ノ岳を目指す──。
レースやその日のコンディションに合わせて自在にコースを選べることが、世界を転戦する水野さんにとって大きな魅力だといいます。
一方で、追い込むだけがトレーニングではありません。
「一番好きなのは、水無川沿いをゆっくりジョギングする時間ですね」富士山を眺めながら走り、春には桜並木の下を駆け抜ける。そんな穏やかな時間が、厳しいトレーニングの合間に心と体を整えてくれるそうです。
また、「秦野ならでは」と話すのが、市内各地に点在する名水スポットです。
「今日はこの湧水まで走ってみよう」そんなふうに目的地を決めて走れるのも、秦野ならではの楽しみ方。白笹稲荷神社や出雲大社相模分祠などの寺社を巡ることもあり、走ることそのものが、このまちの魅力に触れる時間になっています。
海外のレースで出会った仲間たちにも、「今度は秦野へ来てよ」と声を掛けているといいます。実際にオーストラリアのレースで知り合ったニュージーランドのランナーが秦野を訪れたこともありました。 「東京は『ビジー』だと感じる海外の人は多いです。でも秦野には、落ち着いた日本らしさがあります」世界で生まれた縁が表丹沢へとつながり、新たな出会いが生まれていく。世界各地で築いたつながりを、このまちへと結び、表丹沢の魅力をより多くの人に伝えていきたい、そんな想いを語ってくれました。

大学時代、トライアスロンを通して「長い距離ほど自分は力を発揮できる」と感じていた水野さん。その確信を深めたのが、21歳のときに初めて挑戦した100kmマラソンでした。
ジョギングのように一定のペースを最後まで崩さずに走り切り、1,100人中17位という好成績を残しました。「正直、自分でも驚きました。もしかしたら、自分には長い距離を走る適性があるのかもしれない」この経験をきっかけに、社会人になってからはウルトラマラソンを本格的に続けるようになります。
その魅力に惹きつけられたのは、順位や記録だけではありませんでした。
「100kmマラソンって、選手同士で自然と話すんです」長い距離を走るレースでは、近くを走るランナーと励まし合い、沿道の人たちとも笑顔で言葉を交わします。気が付けば、初対面だったランナーが”戦友”のような存在になっていることも少なくないといいます。
「旅は道連れ、という感じです」ゴールだけを目指すのではなく、人との出会いも含めてレースを楽しむ。その魅力に惹かれ、160km(100マイル)のトレイルレースやバックヤードウルトラへと挑戦の舞台を広げていきました。
「距離が長くなればなるほど、一つのレースの中でいろいろなドラマが起きます」予想外の天候、補給の失敗、眠気との戦い、そして仲間との出会い。中でも印象に残っているのが、兵庫県で開催された160kmのトレイルレースでした。累積標高は約16,000m。冷たい雨に打たれ続け、仲間は低体温症でリタイアし、水野さん自身も一度は下山を決意します。それでも主催者から掛けられた「まだ間に合うよ」という一言に背中を押され、再び山へ戻ることを決めました。
「やめたら楽だと思うことは何度もあります。でも、自分の意思でリタイアしたことは一度もないんです」穏やかな口調で語るその言葉には、自分の限界と静かに向き合い続ける強い意志が表れています。
現在、水野さんが世界を舞台に挑んでいるバックヤードウルトラは、1時間ごとに6.706kmを走り、それを最後の一人になるまで繰り返す競技です。走力だけでなく、睡眠や補給、体温管理など、自分自身を冷静にコントロールする力も問われます。
「走ることよりも、眠気をコントロールする方が難しいですね」どんなペースで走るべきか、何を食べるべきか、いつどれくらい眠るべきか。レース中は常に、自分の心身と向き合いながら最善の判断を積み重ねていく。「生きるための限界値を探っているような感覚です」
今回の取材は、オーストラリアで開催された「Dead Cow Gully Backyard Ultra」から帰国して間もないタイミングで行われました。昨年、自身の記録を更新した世界最高峰の舞台へ、今年も挑戦した水野さん。「最後の一人になりたい」その穏やかな笑顔の奥には、世界の頂点を目指す静かな闘志が漲っていました。 レースへの挑戦は、自らの記録を更新するためだけのものではありません。世界で得た経験や学びを、ホームである表丹沢へ持ち帰り、地域へ還元していく。その思いは、新たな取り組みとして形になり始めています。
挑戦する人を、守るために「Tanzawa Trail Safety Lab」

「挑戦する楽しさを伝えるだけでは、不十分だと思ったんです」
新たに始めた取り組みが、「Tanzawa Trail Safety Lab」。丹沢日和 NATURE ACTIVITY BASEと共同で立ち上げた、トレイルランナーやハイカー、登山者のための野外救命講習です。この活動の原点には、水野さん自身が世界各地のトレイルレースで感じてきた経験があります。安全に山を楽しむためには、走力だけではなく、正しい知識と判断力が欠かせない──。そんな思いから、以前より受講していた、元横浜市消防局消防官で山岳救助や救急救命の現場経験を持つマウンテンレスポンダー・坂本元太さんの野外救命講習を、表丹沢でも開催したいと考えるようになりました。
その思いを坂本さんに率直に伝えたことをきっかけに、丹沢日和 NATURE ACTIVITY BASEとともに「Tanzawa Trail Safety Lab」がスタートしました。講師を務めた坂本さんは、消防指令センターで119番通報を受け、救急車やヘリコプターの出動判断に携わった経験を持ち、現在も山岳救助やトレイルランニング大会の救護責任者として活動する、野外救命のスペシャリストです。
この講習が参加者に突き付けたのは「山では街の常識が通用しない」ということです。街では救急車が約9分で到着しますが、山では救助まで数時間かかることも珍しくありません。だからこそ、その時間をどうつなぐかが命を左右します。
講習で参加者は、GPSアプリを活用した位置情報の伝え方をはじめ、心肺蘇生や回復体位、止血、骨折時の固定、低体温症や熱中症への対応、さらには丹沢特有のヤマビル対策まで、実際の山で役立つ知識を実践とともに学びました。受講者同士で行う実技の時間では、参加者がペアを組み、「脈を診ます」「10秒測ります」と一つひとつ声を掛け合いながら、心肺蘇生や止血、固定などの手順を確認していきます。ランナーやハイカー、登山者など経験も年代もさまざまでしたが、皆が真剣な表情で繰り返し体を動かし、お互いに確認しながら学んでいました。
「知っている」と「できる」は違う。坂本さんが繰り返し伝えていたその言葉どおり、知識だけではなく、実際に体を動かして身につけることの大切さを実感する時間となりました。 「挑戦する人を増やしたい。でも、その人たちには、必ず無事に帰ってきてほしい」その言葉には、世界へ挑むトップランナーとしてだけでなく、一人の山を愛する人としての願いが込められていました。
表丹沢から世界へ

「人生を開いてくれた場所」と語る表丹沢。この地は、世界へ挑戦するためのトレーニングフィールドであると同時に、人との出会いや学びを育み、自分を成長させてくれた大切なホームでもあります。
世界各地のレースで得た経験や知識、そして数え切れないほどの出会い。その一つひとつを、今度は表丹沢へ還元していく──。その思いは、「Tanzawa Trail Safety Lab」をはじめとする活動にもつながっています。
野外救命講習は今後も継続して開催される予定で、9月には応急手当の練習会、12月には再び講習会が予定されています。安全に山を楽しむための知識と技術を、継続して学べる場として育てていきたいと考えています。
開催日や参加者募集については、水野倫太郎さん、丹沢日和 NATURE ACTIVITY BASEの公式ホームページやSNSで随時案内される予定です。興味のある方は、ぜひチェックしてみてください。
取材を通して印象に残ったのは、水野さんが何度も「ホーム」という言葉を口にしていたことでした。世界最高峰のレースに挑み続ける一方で、その視線はいつも表丹沢へ向いています。世界で学んだことを地域へ持ち帰り、人と人をつなぎ、挑戦する人を支え、次の世代へとつないでいく。
「走るは、つなぐ」
その言葉は、レースの中だけで生まれるものではありません。世界と地域をつなぎ、人と人をつなぎ、挑戦する人と、その挑戦を支える人をつないでいく。表丹沢という場所を愛する水野倫太郎さんだからこそ生まれた言葉なのだと、今回の取材を通して感じました。 これからも水野さんは、この場所をホームに、世界へ挑み続けます。そして世界で得た経験は、再び表丹沢へ還り、新たな挑戦へとつながっていく。その歩みは、これからもこのまちに、新しい景色と新しいつながりを生み出していくことでしょう。
プロウルトラランナー水野倫太郎さん
■公式ホームページ
https://michi-bagman.com/
■公式SNS
Instagram:https://www.instagram.com/michi_bagman_ultrarunner/
Facebook:https://www.facebook.com/share/1Dyhs9X34w/?mibextid=wwXIfr
【Tanzawa Trail Safety Lab】
丹沢日和NATURE ACTIVITY BASE
■住 所:秦野市大秦町1-1小田急マルシェ秦野2階
■電話番号:0463-20-8656
■営業時間:火・木・金 11:00-20:00、土・日・祝 7:30-17:30(最終入店閉店1時間前)
■定休日:月、水、祝翌日
■公式ホームページ
https://tanzawamon.jp/tanzawa-biyori-nature-activity-base/
■公式SNS
Instagram :https://www.instagram.com/tanzawabiyori_nab/
マウンテンレスポンダー坂本元太さん
■公式ホームページ
https://www.mountainguide-genta.com/
■公式SNS
Instagram:https://www.instagram.com/genta.ff/
Facebook:https://www.facebook.com/genta.sakamoto.1/?ref=embed_page#




