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【ライター記事】秦野の泊まれるヘアサロン「ie(アイエ)」店主・石田海さん——地域と旅人をつなぐ新しい家【OMOTAN人 vol.8】

Hostel×Hair ie(アイエ)

小田急小田原線・渋沢駅北口から徒歩4分。2026年2月、この場所に「Hostel×Hair ie(アイエ)」という少し変わったお店がオープンしました。ヘアサロンとホステル。髪を切る場所と、旅人が泊まる場所が、一つ屋根の下に同居しています。
この店を営むのは、石田海(いしだかい)さんです。もともとは、夫婦で東京・戸越銀座商店街で約14年にわたりヘアサロンを営んでいました。店名の「ie(アイエ)」は、「家」に由来します。「アットホームな場所をつくりたい」という思いを込めた名前です。
なぜ、秦野市だったのか。
なぜ、ヘアサロンとホステルという二つの顔を持つ店をつくったのか。
今回は、店主の石田海さんを訪ね、お店に込めた思いやこれまでの歩みを取材してきました。

旅先で知った、人とつながる面白さ

Hostel×Hair ieの共有スペースにて

石田さんは、若い頃のバックパッカー経験について話してくれました。

「バックパッカーをやっていた時、何が楽しいかって、結局は人と接することだったんです」。旅先では、見知らぬ人と出会い、助けたり、助けられたりする。そんな時間が好きだったと言います。

旅の途中、タイで強盗に遭い、荷物もパスポートも全財産も奪われたことがありました。その時、手元にたまたま残っていたのが、髪を切る道具でした。
「困ったなと思ったんですけど、髪を切る道具だけは残っていて。これで少しずつお金を稼ぎながら、日本の領事館まで近づいていけばいいんだって思ったんです」

バックパッカー時代の写真(石田さんご提供)

手に職があれば、どこにいても自分の力で生きていける。そんな経験が、美容師という仕事につながっていったのかもしれないと石田さんは振り返ります。

その後、専門学校を卒業して美容師の資格を取得します。勤めていた職場で、後に妻となる愛子さんと出会い、2012年に東京・戸越銀座でヘアサロンを開業。「ゼロから立ち上げたので、最初はきつかったですね。それでも、組織に向かないタイプなので、自分の思った通りにやれる方が性に合っていました」

それから約14年。夫婦二人三脚で店を守り続けてきました。

表丹沢との出会い、そして人生の転機

Hostel & Hair ieの素敵な暖簾(のれん)

東京で暮らしていた頃から、石田さんは休みのたびに丹沢へ足を運んでいました。都内からのアクセスの良さはもちろん、丹沢という山の奥深さにすっかり惹かれていったそうです。

「本当にいろんな顔がある山域なんです。一つの山でも、角度を変えれば全く違う表情を見せてくれる」

丹沢の山で遊んでいた頃の写真(石田さんご提供)

平日ならメジャーなルートも静かで、一歩外れれば人の気配すら消える。何年通っても飽きることがない丹沢の魅力を、石田さんは満面の笑みで語ります。

そんな石田さんの人生に大きな転機が訪れます。お子さんの誕生です。「子どもが生まれて、やっぱり自然の中で遊ばせたいなと思うようになりました」

石田さん自身は、宮崎県で生まれ、東京の離島・八丈島で育ちました。

「島は田舎でしたけど、狭いコミュニティーだと人が増えるにつれてルールも増えるんですよね。それが子どもの成長にはちょっと邪魔になるかなと思って、もっと人口密度の薄い、のびのびとした環境に行きたいと考えていました」

移住先には全国のさまざまな地域が候補に挙がりましたが、仕事や子育ての合間にじっくり探す難しさがありました。

妻の愛子さんの実家から近く、休日ごとに親しんできた秦野・表丹沢へ移住することを決意。ご縁も重なり、表丹沢の麓に新しい店を構えることになりました。

「泊まれるヘアサロン」が秦野に生まれた理由

Hostel×Hair ieの玄関口にて

石田さんが宿を始めようと考えた背景には、一人の登山者として秦野に通う中で感じていた“もったいなさ”がありました。

「渋沢って、日帰りのお客さんが本当に多いんです。『山にはよく来ていたけれど、渋沢駅周辺をぶらぶら歩いたのは初めて』という人にたくさん出会いました」

表丹沢を訪れても、駅からそのまま山へ向かい、下山すればそのまま帰ってしまう。せっかく懐の深い山と街があるのだから、一泊すれば歩けるルートも広がり、街の魅力にも触れられるはず。

だからこそ、宿をつくる場所は山のすぐそばではなく、あえて「駅前」にこだわりました。

Hostel×Hair ieの外観(渋沢駅北口から徒歩4分)

「大倉などの登山口近くに構えると、到着してからの行動範囲が限られてしまう。駅前なら『明日は朝が早いけれど、今夜は近くの居酒屋にちょっと一杯だけ飲みに行こうか』という楽しみ方もできますから」

山へ行く前後の時間も含めて秦野を満喫してほしい。美容師という本業に、大好きな旅と登山を掛け合わせた結果誕生したのが、「泊まれるヘアサロン」というユニークな形でした。

ヘアサロンスペース
宿泊スペース

店内には、訪れた人が腰をかけて話せるフリースペースがあります。髪を切り終えた地域のお客さんと山の話をしているところへ、宿泊客が加わる。気づけば初対面同士で話が弾み、お酒を酌み交わすこともあるそうです。

ヘアサロンと宿の間にある共有スペース
キッチン付きのホステル

ある時は、年配の宿泊者が「なんか作っちゃおうかな」とキッチンに立ち、自慢の手料理を振る舞ってくれたことも。

「お客さんと同じ目線で座って話すと、距離感が全然違うんです。泊まっている人とも自然に会話が生まれて、コミュニティーが広がっていくのがすごく楽しいですね」

宿泊客の約半分は登山目的、残りの半分は旅行者やバックパッカー。登山者には、早朝に登山口までの送迎サービスもあります。

ある日訪れたのは、スペインからやってきた一人の旅人でした。アジアを南下した後に日本へ入り、南から北へと横断する2年半の旅。その締めくくりとなる最後の一夜を「ie」で過ごしていったと言います。

「そんなに長く世界を旅してる人と喋る機会なんて、普通ないですよね」

お客さんとの交流が生まれる共有スペースで(石田さんご提供)

最後の宿に選んでもらえるなんて、そんな光栄なことはないと笑う石田さん。それはどこか、かつて石田さん自身がバックパッカーとして旅をしていた頃に感じた「人と出会う楽しさ」とも重なっているように見えました。

地域へと広がっていく縁の輪

宿に飾られたHadano・丹沢MAP

宿泊客やシャワーの利用客には、近隣の飲食店をおすすめすることも多いそうです。

「髪を切る仕事だけだと、地域貢献って結構難しいんですけど、宿の人に近くのお店を紹介したりすると、ちょっとだけ貢献できている気がするんですよね」

旅人と地域のお店をつなぐことが、自身のモチベーションになっていると語る石田さん。さらに、秦野の魅力を体感してもらうためのイベント企画にも力を入れています。

その一つが、海から歩き始めて秦野で一泊し、表丹沢の山頂を目指す「Sea to Summit」。発想の原点は、富士市が推進する「ルート3776」。海抜ゼロから富士山頂を目指す、2泊3日が推奨されているチャレンジ企画です。

これにならい、日帰りで山を往復するだけでなく、街に泊まり、食事をし、人と出会うプロセス全体を楽しんでもらう取り組みとしてはじめました。

イベントにご参加の皆さま(石田さんご提供)

もう一つが「ナイトハイク」です。夜の山道を歩き、展望スポットを目指します。9月に開かれた回には親子連れなど10人が参加し、東京・青梅から訪れた参加者もいました。

取材で笑顔を見せる石田さん

「イベントを通して、まずは秦野の良さを知ってもらいたい。そして秦野を訪れる人を増やし、その人たちに1分でも長くこの街に滞在してもらうことが目標です」

イベントの価格帯も、驚くほどリーズナブルな設定です。「ガイドツアーというより『一緒に楽しみましょう』というスタンスなので」と石田さん。必要な備品代程度の実費のみで、利益を出すことは考えていないと言います。

「それで誰かが泊まってくれたら嬉しいですけどね」そう笑う石田さんの表情からは、この取り組みを誰よりも楽しんでいる様子が伝わってきました。

秦野の街とともに歩む、「ie」のこれから

川崎から品川へ通勤していた忙しない日々から一転。 今では暮らす場所と働く場所がぐっと近くなり、家族で過ごす穏やかな時間が増えました。

特別な観光地に行かなくても、雨上がりの川辺を散歩するだけで、子どもにとってはかけがえのない冒険になる。そんな豊かな日常がここにあります。

お子さんからも「秦野に引っ越してきてよかった!」といううれしい言葉を聞けたそうです。

「自然の近くで、のびのびと子どもを育てたい」。移住を決めた頃に思い描いていた暮らしは、少しずつ家族の日常になっています。

美容師として、そして宿の主人として。石田さんが手がけた「ie」は今、旅人と地域の人が交わる拠点として、秦野の街に新しいつながりを生み出しています。

移住から半年あまり。歩み始めたばかりの「ie」が、この街とともにこれからどんな風景を描いていくのか、ぜひご注目ください。

■施設名:Hostel×Hair ie(アイエ)
■住所:〒259-1315 神奈川県秦野市柳町1-2-12 アールビル1F
(小田急小田原線・渋沢駅北口から徒歩4分)
■電話番号:0463-38-7054
■営業時間:
 ヘアサロン 9:00〜20:00
 ホステル チェックイン 15:00〜21:00(レイトチェックイン21:00〜23:00、要事前相談・別途料金)/チェックアウト 〜10:00
■定休日:
 ヘアサロン 火曜・たまに月曜
 ホステル 不定休
■公式ホームページ:https://tanzawa-ie.com/
■公式SNS
 Instagram:https://www.instagram.com/hadano_hostel_hair_ie/
YouTube:https://www.youtube.com/@hadanoguesthouse

OMOTANライター 河村 知香 (かわむら ちか)
【得意分野】 登山、キャンプ、ハーブ、旅企画

山旅専門の会社で企画手配や添乗の仕事をしていました。秦野市に移住して約3年、丹沢の主要な山はすべて登り、庭でハーブを育てたり、夫婦でキャンプをしたりと、丹沢の奥深い自然とゆとりのある環境を満喫しています。山の経験や移住者目線を生かして、表丹沢の魅力をお届けします。
Instagram:@kawamura.chika

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