
神奈川県西部の丹沢山系の麓に広がる茶畑。秦野市菩提地区の山間へと車を走らせ、川沿いの細道を進むと、丘陵地を覆い尽くす緑まばゆい段々畑が目に入ります。霧が立ち込める4月下旬、新茶の摘み取りシーズン前に、秦野市を代表する2つの茶農家「緑茶工房わさびや茶園」(以下、わさびや茶園)と「高梨茶園」を訪ねました。
丹沢の自然の恵みを生かしたお茶づくりの背景やこだわり、伝統のあるお茶づくりを未来へと紡ぐ新たな取り組みについてお伺いしてきました!
目次
代々お茶づくりに真摯に取り組む「わさびや茶園」へ

わさびや茶園は、秦野の山間部にある菩提地区の最奥、標高300m付近にある家族経営のお茶農家です。その歴史は150年前、裏山から湧き出る清らかな流水を利用した「わさび沢(わさびの栽培)」から始まりました。その後、たばこや野菜の栽培を経て、丹沢の湧水や地形を生かしたお茶づくりに発展します。
お茶農家として創業して今年で70年。わさび沢から名前を「わさびや茶園」と名付け、家族で代々、茶業にひたむきに取り組んできました。現在5代目となる山口勇(やまぐちいさむ)さんに取材しました。


表丹沢の自然と地形が育む「お茶づくり」とは?

わさびや茶園の店舗から車で上がって数分、山間部に広がる茶畑へ。「ここを登っていくと、すぐ菜の花台なんですよ」の一言で、茶畑のすぐ裏は表丹沢の山なのだと認識します。

山間部の標高300m〜400m付近の斜面にある茶畑は、茶葉にまんべんなく日差しが当たり、水はけが良い土地であることから、栽培に適しているのだと言います。
丹沢山系は湿度が高くて、雨・霧・もやが発生することが多く、それが日光を和らげ、茶葉に直接強い日差しが当たるのを妨げてくれます。そのお陰で柔らかなお茶の芽が育ち、すっきりとした風味ながら、うま味や甘みが感じられるお茶ができるんです。
一長一短なのですが…と謙虚にお話しする山口さん。

また、神奈川県で販売されているお茶のほとんどは「足柄茶」として工場に集約されて加工・製造・販売されますが、丹沢のこの地域では「自営農家」としてお茶の栽培から加工・製造まで一貫して自社で行っていることも特徴です。
わさびや茶園では、現在8種類の品種が育てられてます。摘み取られた茶葉は、店舗すぐ横にあるわさびや茶園の自社工場で、品種によって蒸し方や加工方法を変え、特徴を生かした個性あるお茶に仕上げています。
お茶を蒸す作業では、敷地内を流れる「わさび沢」の天然水を使い、丹沢の豊かな自然を生かしたお茶づくりをしています。
神奈川茶園共進会で最高位の農林水産大臣賞を通算16回受賞しています。

<ライターメモ>
わさびや茶園で販売されている「さくら日和」を飲ませていただきました。
茶葉にさくらの香り成分「クマリン」が入っている、珍しい品種でつくられたお茶です。
ふわっと香る淡い桜の風味が印象的で、爽やかなおいしさでした!
わさびや茶園のこだわり抜いた「生葉」の品質

「どれだけ加工技術に優れていても、そもそも生葉(なまは)の質がよくなければ、美味しいお茶にはなりません。だからこそ、茶園の管理が最も重要なんです」と語る山口さん。

静岡で有名な茶草場(ちゃぐさば)農法という技術があります。世界農業遺産にも登録されていますが、昔から秦野でも同様の技術が使われてきたそうです。茶畑周辺の草を刈り取り、農園に敷くことで、土壌の保全と茶樹の健全な成長を促す栽培方法です。
自然のものが土壌に入り時間とともに分解され浸透していくことで、土に還元され、豊かな土壌ができます。「色や形が整っていても、味や香は生葉のポテンシャル次第。だからまずは土づくりから」と真剣な眼差しで話してくれました。
摘み取りは家族総出で!

昔から「茶摘み歌」にも歌われている通り「八十八夜」が摘み取りシーズンの目安です。今年は5月1日頃から本格的な摘み取りがスタート。「今年はさまざまな品種のお茶が一斉に芽吹いたので、家族総出で摘み取り作業に勤しむことになりそうです…」と、緊張感が漂いました。
新茶は5月中旬頃から順次販売開始しています。丹沢の自然の恵みをたっぷり受け、丹精を込めて育てられた、わさびや茶園の新茶をぜひ味わってください。
<ライターメモ>
この日は地元中学校向けの動画撮影もありました。忙しい中ですが、地域とのつながりを大切にしながら、お茶づくりに実直に取り組む姿が印象的でした!
日本茶を次世代に繋いでいく「高梨茶園」へ

つづいて、秦野市菩提地区にある「高梨茶園」に取材に向かいました。1953年丹沢山系の麓にはじめてお茶の種を蒔いてから、家族で四代にわたり、お茶の生育から製茶・販売まで手がけ、秦野のお茶づくりの伝統を守り続けてきました。
しかし、昨年2024年の台風による大雨で茶畑の一部が崩落する、大きな被害に見舞われました。茶畑の復旧を進めつつ、クラウドファンディングで日本茶を次世代に繋ぐ活動に取り組む四代目の高梨晃(たかなしあきら)さんにお話をお伺いしました。
復旧の先にある未来を見据えて

「台風で茶畑が崩れ、200メートル以上にわたって土砂が流出しました。大切に守ってきた畑が削り取られました」と、被害を目の当たりにし、大きなショックと将来への不安を感じたと言う高梨さん。
茶園の復旧には苗木を一から植える必要があり、育成には約7年の歳月がかかります。本格的に収穫ができるのは、なんと2033年の春になるというのです。

近年では、お茶を取り巻く環境は大きく変化しています。「そもそも、急須を持っていない、ポットでお湯を沸かさない世代も増えていますよね」と口にする高梨さん。
若手の後継者不足や収益性の低下により、茶業から離れる人も増加。神奈川県内の茶栽培面積は、かつての約4分の1にまで減少してしまう予測もあります。
そうした時代の流れに危機感を抱きつつも、高梨さんは「クラウドファンディングで復旧を目指すだけでなく、日本茶を次世代に繋いでいける茶園にしたい」と、家族で営んできた茶業を継承し、日本茶の未来を切り拓く決意を語ってくれました。

「開かれた茶園」を目指して

高梨茶園は約72年の歴史があり、 現在は3代目の高梨孝さんと4代目の高梨晃さんが中心となり、家族でお茶づくりに勤しんでいます。

3代目の孝さんは、献上茶を手掛ける名人に師事し、神奈川県茶園共進会農林水産大臣賞や全国茶品評会3等の受賞歴を持ちます。4代目の晃さんは、県内で唯一「手もみ茶教師」の資格を持ち、全国手もみ茶競技会や品評会で何度も上位に入賞しています。

お茶生産者として高く評価されている高梨茶園ですが、今後は「もっと開かれた茶園を目指す」と目標を掲げ、「日本茶体験」の開催を目指しています。実際に「いつ行ったらお茶摘みできますか?」のような問い合わせが増えているそうで、お茶農家としての一面だけでなく、体験やイベントを通して日本茶に触れる機会を設けることで、日本茶の文化が根付いていくきっかけになればと語ります。
高梨茶園では、以前からイベント主催時に「摘み取り」や「茶揉み」などの体験を受け入れてきました。 取材日の翌週にも、横浜の小学生約40人が日本茶の体験学習に訪れました。

お茶摘みの最盛期で忙しいシーズンではありますが「子どもたちがお茶を知らなければ、飲まなくなってしまう」と、茶育(ちゃいく)にも力を入れてきました。
「誰でも気軽に訪れて、お茶の魅力に触れてもらえる場所にしたい!」と語る高梨さんの新たな取り組みは、随時クラウドファンディングのページに発信されます。
<ライターメモ>
クラウドファンディングは目標金額に達成!さらに、日本茶を未来に繋げていく活動に向けてセカンドゴールに挑戦中です。クラウドファンディングのページはこちら
日本茶の可能性は無限大!新たなる挑戦の日々

四代目の晃さんの代から新たに取り組み始めたのが「和紅茶」でした。日本茶の茶葉を使って紅茶を製造するという試みに挑戦したところ、国内の複数のコンテストで高い評価を獲得しました。
こうした新しい活動を通じて「神奈川県秦野市にクオリティの高いお茶をつくっている生産者がいる」と知ってもらえるきっかけになればと意気込みを語りました。
さらに、丹沢の山に自生する和ハーブ「クロモジ」や、秦野の特産品である「八重桜」とのブレンドティーなど、独創的な商品開発にも積極的に取り組んでいます。

「昔なら邪道と言われたかもしれませんが、次世代に日本茶をつなげるためなら、何にでも挑戦したいんです。もちろん、良い日本茶を作るという土台があってこそですけどね。日本茶の可能性は無限大です!」と笑顔で語る高梨さんの言葉が印象的でした。


<ライターメモ>
実際にクロモジをブレンドしたお茶を試飲させていただきましたが、その相性の良さには驚かされるほどで、強く印象に残る一杯でした。
秦野のお茶をぜひお楽しみください!
丹沢の自然に育まれ、代々の想いとともに受け継がれてきた「緑茶工房わさびや茶園」と「高梨茶園」のお茶づくり。そこには、自然と共に生きる誠実な姿勢と、日本茶の文化を未来へと繋ごうとする強い意志がありました。
時代の変化がありつつも、一歩ずつ前へと進む両茶園の挑戦は、私たちの暮らしに新たな日本茶の魅力を届けてくれます。そんな秦野の茶畑から生まれるお茶を、ぜひ味わってみてください。できたての新茶もはじまりました!
<秦野市内で購入できる店舗>
じばさんず
秦野駅1F名産センター
イオン秦野店1F銘店売場
ヤオコー秦野
■緑茶工房 わさびや茶園
住所:〒259-1302 神奈川県秦野市菩提908
電話番号:0463-75-1571
営業時間:9:00〜18:00
休業日:不定休
公式HP:http://www.wasabiya.jp
Instagram:https://www.instagram.com/wasabiya.tea.garden/
アクセス:
<公共交通機関>
・小田急小田原線 秦野駅より『バス』【秦51】「渋沢駅行き」で約15分、「菩提原」下車、徒歩約30分
・小田急線 渋沢駅より『バス』【秦51】「秦野駅行き」で約15分、「菩提原」下車、徒歩約30分
<車>
・新東名高速道路 秦野丹沢スマートICより約10分
・東名高速道路 秦野中井ICより約25分
■高梨茶園
住所:〒259-1302 神奈川県秦野市菩提1387
電話番号:0463-75-1104
営業時間:9:00~17:00
休業日:不定休
公式HP:http://takanashi-chaen.com
Instagram:https://www.instagram.com/takanashi_chaen.tanzawa/
アクセス:
<公共交通>
小田急小田原線 渋沢駅より『バス』【秦51】「秦野駅行き」で約12分、「菩提」下車、徒歩約20分
<車>
新東名高速道路 秦野丹沢スマートICより約5分
【得意分野】 登山、キャンプ、ハーブ、旅企画
山旅専門の会社で企画手配や添乗の仕事をしていました。秦野市に移住して約3年、丹沢の主要な山はすべて登り、庭でハーブを育てたり、夫婦でキャンプをしたりと、丹沢の奥深い自然とゆとりのある環境を満喫しています。山の経験や移住者目線を生かして、表丹沢の魅力をお届けします。
Instagram:@kawamura.chika