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【ライター記事】木ノ又小屋オーナー 神野雅幸さん【OMOTAN人 vol.1】

自然と共に歩む、木ノ又小屋オーナーが語る表丹沢の魅力とは

神奈川県、秦野市表丹沢エリアの登山道には、塔ノ岳の「尊仏山荘」や鍋割山の「鍋割山荘」をはじめ、多くの山小屋があります。食事や休息の場を提供し、登山者の心強い味方となっています。その中でも、知る人ぞ知る「木ノ又小屋(きのまたごや)」をご存知でしょうか?

木ノ又小屋は、塔ノ岳山頂から表尾根を東へ約1km歩いた場所にある小さな山小屋です。室内にある昔ながらのランプと大きなだるまストーブがあり、素朴な温かみのある雰囲気が、登山者を優しく迎え入れてくれます。

今回は、木ノ又小屋のオーナーであり、丹沢山小屋組合および表丹沢活性化協議会でも、代表として活躍されている神野雅幸(こうのまさゆき)さん(60歳)に、日々の活動や小屋運営を通じて感じた表丹沢の魅力について、お話をうかがいました。

思いがけず木ノ又小屋を継ぐことに

小屋の資材を運ぶ神野さん(木ノ又小屋提供)

神野さんが本格的に登山を始めたのは40歳頃、後輩に誘われたのがきっかけでした。その後、表丹沢で10年近く荷物を背負って山小屋まで運ぶ歩荷(ぼっか)のお手伝いをしていた縁で、木ノ又小屋の先代オーナーとも親しくなります。

先代オーナーが高齢のため山に登れなくなったと聞いた時、神野さんは、当時共に小屋を守ってきたもう1人の小屋番の方が引き継ぐと思っていたそうです。しかし、継がないことが決まり、後継者不在の状況に。そこで話を持ちかけられたのが神野さんでした。「特に深く考えず、正直なところ軽い気持ちで引き受けました」と笑顔を浮かべながら振り返ります。

神野さん自ら屋根の補修作業など行っています(木ノ又小屋提供)

2019年に引き継いだ当時、もともとは1階建てだった小屋を先代オーナーが2階建てに改装してからすでに約30年が経過していました。過酷な山の環境により、屋根や床は雨漏りや劣化でかなり傷んでいたといいます。神野さんは、内装を中心に修繕を進め、必要な資材もすべて自ら背負って、運び入れました。

「まだまだ直したい部分はたくさんありますが、すべてを修復するには500万円はかかるでしょうね」と、現状を率直に語ります。最近も雨漏りしていた屋根を補修をしたり、だるまストーブが置かれている土間の壁を張り替えたばかりです。

楽しさと苦労が共存する木ノ又小屋での仕事

夜には温かいランプが灯る談話室

木ノ又小屋の運営は、神野さんと数名のスタッフによって支えられており、1日あたり2名体制で対応しています。小屋では補修作業に加え、接客や掃除など多岐にわたる業務をこなしています。神野さんが小屋を引き継ぐ前は素泊まりのみのサービスでしたが、現在は食事も提供するようになりました。

常連客の奥さまが作られたカップで提供されるコーヒー

「朝は目玉焼きやソーセージ、夜はポトフやサラダなどのシンプルなメニューです。小屋での朝はだいたい5時起きです。この小屋に泊まる方は、ここを拠点にして遠くの山を目指すというよりは、木ノ又小屋自体を目的地にしている方が多いので、朝は遅い方かもしれません」と神野さんは話します。

中には、神野さんと酒を酌み交わすために日本酒などを持参して訪れる宿泊客もいるとのこと。神野さんの温かい人柄に惹かれる人が多いことがうかがえます。

一方で、木ノ又小屋には電気が通っておらず、水場もありません。生活に必要な物資はすべて、神野さんやスタッフが担いで運んでいます。 「山小屋で働くというと、山好きで憧れる人もいるかもしれませんが、戸沢から政次郎尾根を登って荷揚げするには、3時間ほどかかりますし、大変なことも多いですよ。荷物だけで一度に20〜40キロぐらいを担ぎますね」と現実の厳しさも語ります。さらに、登山道の整備や草刈り、薪割りなど山小屋ならではの作業も多く、時には慌ただしく時間が過ぎることもあるそうです。

室内を清掃など小屋の業務は多岐にわたる(木ノ又小屋提供)

表丹沢活性化協議会、丹沢山小屋組合での取り組み

神野さんは表丹沢で、木ノ又小屋での営業のほかに、「表丹沢活性化協議会」と「丹沢山小屋組合」という2つの団体で代表を務めています。前者は環境保全と登山の活性化を目指しており、後者は表丹沢にある16の山小屋が加盟する組織です。

今年の7月、表丹沢活性化協議会は、国有林を管理する林野庁の東京神奈川森林管理署と『丹沢自然休養林、戸川表尾根線(政次郎尾根登山道)の補修に関する協定』を結びました。この協定のもと神野さん自身も、戸沢から続く政次郎尾根上の登山道維持に向け、必要な修繕作業に取り組んでいます。

また同協議会では2022年12月から数カ月かけて、新大日山頂にある崩壊が進んだ「新大日茶屋」をボランティアとともに解体し撤去。

さらに、大倉と戸沢を結ぶ「戸川林道(市道52号線)」の整備や、大倉尾根での歩荷体験イベントを定期的に開催しています。また「ヤマビルゼロプロジェクト」と名づけた取り組みでは、ヤマビル駆除にも力を入れるなど、精力的に活動し、表丹沢の自然を守り続けています。

新大日茶屋が撤去された表尾根の新大日山頂

ヤマビルの駆除活動は「丹沢山小屋組合」でも実施。神野さんは「ヤマビルは地面の湿った場所に潜んでいることが多いので、落ち葉を掃いたり、草を刈ったり、ヤマビル忌避剤などを使って駆除しています。見つけたらすぐに対応することが重要ですね」と説明します。

ヤマビルは駆除を怠ると、生息範囲を拡大させてしまうとのこと。神野さんたちの駆除活動だけでは、まだ追いつかず、今後も継続的に対策していく考えです。

歩きごたえ抜群!表尾根の素晴らしさ

表丹沢を多方面から支える神野さんに、その魅力について尋ねました。

「標高1000mを超える山々が連なっているにもかかわらず、街から登山口が近いのが魅力だと思います。山頂に到達したときの景色も素晴らしい。それからいろいろなルートがあるので、自分の好みに合わせて山頂を目指せるのが面白いところですね」

実際に神野さん自身も、表丹沢の登山ルートをほぼ歩き尽くしているとのこと。特に印象的なのは、ヤビツ峠から塔ノ岳へ向かう表尾根の稜線だそうです。

塔ノ岳山頂へ続く表尾根

「塔ノ岳へ向かう途中、遥か先まで続く稜線を見渡せるのが素晴らしいし、振り返れば、これまで歩いてきた道のりが見えるのもまた感動的です。雪が降った冬の表尾根も最高に綺麗なんです。例年だと雪が積もるのが1月頃。慣れていないと最初は少し怖く感じるかもしれませんが、経験を積んで、アイゼンとストックをしっかり準備して、ぜひ挑戦してみてください」

さらに、神野さんから表尾根ルートのおすすめポイントも教えていただきました。塔ノ岳山頂から東に続く表尾根を歩くコースとしては、大倉から塔ノ岳山頂を経由してヤビツ峠方面に下るルートや、ヤビツ峠・菩提峠から塔ノ岳山頂を往復するルートが一般的ですが、神野さんは「大倉バス停から県立秦野戸川公園にある山岳スポーツセンター前を通り、三ノ塔尾根を歩いて三ノ塔、塔ノ岳山頂へと至る登山道もおすすめです」と提案。「このルートを使えば、表尾根や塔ノ岳を周回できる上、大倉バス停を行き帰りともに利用でき、便利ですよ」

表丹沢の未来に向けて新たな可能性を

今後の課題として神野さんは、ヤビツ峠への交通アクセスの改善を挙げています。「大倉に比べると、やはりヤビツ峠へはバスの本数が少ないです。増便は難しいですが、今後新たな交通手段が出てくることによって、登山者がもっと簡単に来られるようになるといいですね」と期待を寄せています。

さらに「そのためにも塔ノ岳とヤビツ峠を結ぶ表尾根の魅力をもっと伝えていきたい。ただ、その方法については、これからも検討が必要だと思います。それから環境保全や登山者への安全のためにも、引き続き登山道の整備にも取り組んで行きたいですね」と今後を語りました。

また登山者に対しては「表丹沢は日帰りでも十分楽しめますが、ヘッドライトなどの装備をしっかり準備して、登ってほしいですね」と、安全な登山のためのアドバイスも欠かしません。「山小屋は多いですが、日によっては営業していないこともあります。食料や飲み物を十分に持参し、無理のないペースで登山を楽しんでほしいです」と時間的にも体力的にも余裕を持った計画の大切さを強調しました。

木ノ又小屋で接客する神野さん(木ノ又小屋提供)

インタビューを通じて、表丹沢の自然は、神野さんはじめ、多くの人々によって支えられていると改めて感じました。筆者自身も実際に表尾根を歩き、木ノ又小屋を訪れましたが、そこで出会ったスタッフの皆さんが気さくで、筆者や他の登山者にも温かく接してくださり、とても心に残る経験となりました。登山装備をしっかり整えて、ぜひ一度足を運んでみてくださいね。

■施設名:木ノ又小屋(きのまたごや)
■住 所:〒259-1306 神奈川県秦野市戸川
■電話番号:090-9383-2455
■営業日:土曜、日曜
■施設情報
公式ホームページ:https://www.ameba.jp/profile/general/ocya-kinomata/
Facebook:https://www.facebook.com/kinomatagoya.tanzawa/about

OMOTANライター 深瀬 あみ (ふかせ あみ)
【得意分野】 登山、キャンプ

ライター、カメラマンとして活動しながら、趣味の山登りを楽しんでいます。
神奈川に移り住み、初めて表丹沢を訪れたとき、その美しさにすぐに引き込まれました。
自然の息吹を感じられる表丹沢の素晴らしさを、言葉と写真でお届けします。 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

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