今回お話をうかがったのは、秦野いとう農園代表の伊藤隆弘(いとうたかひろ)さん(65歳)。伊藤さんは45歳の時、大手電機メーカーの技術開発をしていた会社員から農家に転身。秦野へ移住してきました。それ以来20年にわたって、秦野で農家として暮らしてきた伊藤さんに、農家になった体験談や秦野で暮らす魅力、農家としてのこれからなどについて、同農園が運営する観光農園の一つ、SAファームにお邪魔してお話をうかがいました。
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農地を探して秦野へ
もともとは大手電機メーカーで、発電所や航空管制等の制御システム開発に関する仕事をしていました。ものづくりが好きでやりがいのある職場でしたが、同時に「今の仕事も大事だが、生きる基本である食料を生産する農業が最も重要で、それに関わりたい」という気持ちがありました。
1993年、35歳の時です。まずは農業研修を受けようと、農協や行政に相談に行きました。しかし、新規就農に対する行政の支援は現在のように整ってませんでした。そこで、飛び込みで農業研修を受け入れてくれる農家を農業委員会などから紹介していただき、毎週末に独自で農業研修を開始しましたが、週末研修だけで就農認定を得る要件を満たすことはできませんでした。農業は体力が重要なので45歳を迎えた2003年に会社退職を決意し、神奈川県農業アカデミーに入学して正式に就農認定を得ることができました。
代々農家でしたら自分の家の畑は自由に使えるのですが、自分は農家出身ではありません。新規就農者として認定を受けることで、農地の借用資格を得ることができます。しかし、地権者にとって見ず知らずの新参者に農地を貸すことは、なかなか難しいことです。いざ農地を借りる段になると苦労をしました。そのような中、秦野市で相談したところ農政課や農業委員会、農協の方々が皆、協力して就農のバックアップをしていただき、また地権者様のご理解をいただくことができ、農地借用にこぎつけられました。秦野の地には、こうしたご縁があったおかげで農家として出発でき、非常に感謝しています。それもあって屋号は「秦野いとう農園」としました。
秦野で行う農業
最初のうちは野菜の大きさや品質を揃えることが難しく、市場へ出せるような野菜を作るのが難しかったんです。市場で値段がつく野菜はサイズのそろった、形の良い野菜。業者さんによるセリで値段がつくので、安定したものをたくさん作れないと値段をなかなかつけてもらえません。その上、自分はまだ農家として名前も通っていませんから業者さんとしても値段がつけづらかったのでしょう。
私にとって非常にありがたかったことは、当時は神奈川県でも珍しかった農協直営の直売所「じばさんず」が開店していたことです。ここでは農家が生産した農産物に、農家自身で販売価格や数量を自由に決めて出荷できます。形や大きさが不ぞろいになってしまう私の野菜でも、それに見合った価格と数量を自分で決めて出荷できるため、新規就農者の私にとって利用しやすい大事な販路になりました。 もし、じばさんずがなかったら、自分の農家デビューはもっと厳しかったと思います。
ASIAGAPの取得
2018年に、個人農家としては神奈川県で初めてASIAGAP(アジアギャップ)を取得しました。GAP(Good Agricultual Practice)は、農業者として農産物を生産・出荷する際に最低限必要なルールをチェックリスト形式で定義するものです。このチェック項目 には、農産物の安全性の確保は当然ですが、加えて労働安全、労務管理、衛生管理を網羅しています。本来農業者は当然実施すべきものであり、食料を安全安心に安定供給する上で重要だと考えています。
農業にGAPというルールが取り入れられたことは画期的なことなのですが、まだまだ消費者の皆さんの認知度が低いことは残念だと感じています。 新規就農者にとって、GAPは文字通り良い農産物を生産・出荷する上で非常に有効なチェックリストであり 、私は就農当初からGAPに取り組んでいます。しかし、当初はGAP認証取得までは考えておらず、 それまではJGAPルールを座右のチェックリストとして活用していました。
ASIAGAPを取得したのは2018年です。 きっかけは東京2020オリンピック・パラリンピックの選手村などで使用する食材に、ASIAGAPもしくは国際レベルGAP(グローバルGAPなど)認証農場が必要だったことです。今まで取り組んできたGAPを利用してこのような大イベントに参加することは、我が家の楽しい目標になると考え、 ASIAGAP認証を取得しました。しかし、ASIAGAPは農産物輸出に対応する国際レベルのGAPであり、私は輸出をしていないので、 現在では国内向けGAPであるJGAPに切り替えています。
農業の楽しみを知ってもらいたい
農家出身でなかった私が農業に取り組んでみて知ったことの一つに、畑で育つ作物の新鮮さや感動があります。自分で食べる農産物が育つ現場を観察することは、農家ではない全ての人々に感動を与えるだろうと思い、就農当初から観光農園を経営に取り入れることを計画していました。
現在では、四カ所の畑で季節ごとにブルーベリーやサツマイモ、夏野菜などの収穫体験(観光農園)を行っており、販売と観光農園の収入の割合は、現在およそ7対3くらいです。食の大切さを知る上でも、何らかの形で今後も観光農園を続けていきたいと考えています。
秦野での暮らし
農家なので日の出や日の入りに合わせて、働く時間が変わります。夏は朝早くに畑に出て、暑い昼からは屋内 でできることをして夕方に畑作業をします 。冬の早朝は 霜が降りて凍っているので、畑での作業は夏より遅くなる。さらに日の入りが早いため、夏に比べて日中の畑作業時間は短くなります。
余暇の過ごし方ですが、家族共々、温泉が好きなので秦野から近い伊豆を中心に温泉旅行に出かけることが多いです。また、唯一の趣味がテニスで、会社員の頃は職場とコートを行き来していました。会社では実業団チームで競技テニスを楽しんでました。今は職場が畑になり、テニス仲間も多く、年に何回かは団体戦などにも参加させてもらってます 。
ここ、秦野で眺める丹沢山系の景色は素晴らしいですね。 畑仕事なのでほとんどの時間は地面ばかり見ているのですが、ふと見上げると表丹沢の二ノ塔、三ノ塔が目に入る。畑からこの風景を眺められることは 農家になって得したなと思っています。幸せですね、それこそ私のOMOTANライフです。
農家としての目標
あと10年たったら75歳で、そろそろ体力的に厳しくなってくるかなと考えていて、そうなったら畑を若い人たちに引き継ぎたいと考えています。今も自分の卒業したかながわ農業アカデミーの学生さんや、秦野市と秦野市農協が運営する 農業塾の塾生さんが畑にやってきていて、昔の自分のように農業をやりたいと思う人たちの力になりたいと思って活動しています。そこから独立した人たちがたくさんいるので、その中から自分の畑を継いでくれる人がいたらいいなと考えています。自分が農家になりたいと思った時よりも農家になるための道筋が増えているので、やってみたいと思っている人にはぜひ挑戦してほしいですね。
■施設名:秦野いとう農園
■住所:〒259-1302 神奈川県秦野市菩提1230-2 秦野いとう農園事務所
■電話番号:090-8568-0934
■FAX:0463-75-3801
■体験農園(観光農園)の開催日:ホームページ上で、開催が近づいたときにアップしています。
■施設HP:https://itofarm.schoolbus.jp/index.html
【得意分野】 カメラ、ロードバイク
映像と写真、両方で活動しているフリーのカメラマン。秦野市との出会いは中学生の時に始めたロードバイクで、20年経ってもその時の景色が忘れられずOMOTANライターに志願。魅力をしっかり伝えるためにがんばります!